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ホーム > 読みモノ > めざせ!ロッキンオン 22. JAMES BROWN |
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2006年12月25日。
世界中でクリスマスの祝祭が行われている頃、ジョージア州アトランタの病院で
親しい家族友人数人に見送られて、ソウルファンクの「神」がひっそりと静かにこの世を去りました。
ジェイ・ビーと言った方が分かりやすいですかね、ソウル界のゴッドファーザー、
ジェームスブラウンが亡くなってしまったのです。
ブラックミュージックの旗手として様々な差別の矢面に立ち、他の黒人アーティストとは異なって、
あくまでも黒かったジェイ・ビー。
(ジェイ・ビーって黒人の中でもかなり黒かったけど、松崎しげるって近いくらい黒かったなあ)
「プリーズプリーズプリーズ」「アイガットユー」そして「セックスマシーン」と
今にも踊り出したくなるようなナンバーがたまらなくかっこ良かったですよね。
僕は俵藤君がこのあいだ講師をつとめていた多摩美術大学に通っていましたが、
今思えば、多摩美のパーティーの定番ソングと言えば、ジェイ・ビーの「セックスマシーン」でした。
OBの方なら誰でも「セックスマシーン」を聴いたら速攻で踊り出しますよね。
あの「チャッチャッチャッチャッチャッチャッチャッチャッ ゲロッパ!ゲローラ!」がかかったら、
まずみんなが、小刻みなステップでダンスホールの真ん中めがけて集まり出して
グルグル回り出したりなんかして、もう最高でした。
「またかよ!」という具合に何度もかかったので、座って休む暇もないくらいに、踊り狂っていたのでした。
そんなことを思い出しながら、誰もいない年末の夜の工房で、
一人ジェイ・ビーの追悼として「セックスマシーン」をかけた。
イントロからうなりをあげるジェイ・ビーのシャウト、息つく間もないくらいの小刻みなステップ、
を踏んでると思っていたんだけれど、どうもなんか動きが堅い。
もうそろそろ鮫肝油でも摂らないといけないのかなぁと思ってるうちに
今度は右足のふくらはぎから「ピリッ!」という嫌な感覚が全身に走った。
冷や汗がにじんで来るのを特に、頭皮の毛穴から敏感に感じ取れた僕は、
工房の錠盤の上で一人うずくまって、70歳になっても踊りまくっていたジェイ・ビーの偉大さを痛感していた。
すると、誰もいないはずの工房の2階からまーくんが降りて来た。
僕はびっくりして錠盤から飛び下りた、けれども運悪く右足から着地してしまった。
もんどりうって尻餅をついた僕に対して、まーくんは笑いをこらえながら手を差し伸べてくれた。
半肉離れぎみの右足をかばいながら、さも掃除をしていたかのように立てかけてあったほうきを取ると、
まーくんは入り口の引き戸を開けた。
そして帰り際に、「もりそんさん今日はノリノリでしたね」
そう言ってまーくんは、にやにやしながら僕の右足をチラっと見てから引き戸を閉めて行った。
今度は本当に誰もいなくなった工房で、ジェイー・ビーを聴きながら僕は何度もアキレス腱伸ばしをしていた。
そしてジェイ・ビーがシャウトする度にどっかしらかの毛細血管が切れたような気がしたのでした。
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| JAMES BROWN |
1956年「please please please」でデビュー。
63年のアルバム「Live at the apollo」がブレイク、ファンクというジャンルを生み出し、
後のPファンクやプリンス、マイケルなど数多くのアーティストに強い影響を与えた。
70年には、代名詞と言える「Get up( Ifeel like a )SEX MACHINE」でソウル界のゴッドファーザーとなり、
生きた伝説と呼ばれるようになるが、私生活でのトラブルが後を絶たず、
長い低迷期の中「ロッキー4」での「Living in AMERICA」で一時的な復活を遂げるも、
88年マシンガン乱射事件でカーチェイスのあげくガス欠で御用となるなど波瀾万丈の人生を送った。
1990年代に入ると、彼に対するリスぺクトの気運が高まり数々の功労賞を受けるなど、
彼自身も意欲を取り戻し、世界規模のツアーを敢行。昨年も来日を果たしていた。
ヒップホップのタフなストリート感覚の源泉でもあるそのヘヴィネスは、
ホットなダンス気分をかきたてるだけのディスコサウンドとは違って、
そのうねりの中で踊る人たちの背中をググッと引っ張って、
地獄の淵にあるような現実をもクールに見つめさせる覚醒感を持っている。
コミカル性が先行しがちなジェイ・ビーだけど、
彼のファンクビートに込められたメッセージはとても深遠なものだ。
2006年12月25日。ゴッドファーザーは神に召される。享年73歳。
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(文&イラスト: special source モリソン小林)
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新年号の「ロックギタリストベストテン」では、実際10人くらいしか見てないんじゃないか、
なんて卑屈に思ってたのが、十数名の方たちから熱い激励のメッセージをいただきました!
ヴォーカリストベストテンをやってくれとか、めざせロッキンオンジャパンとかも見たいなんてのの他に、
創刊めざして頑張ってとかもありました。
創刊は無理ですが、リクエストには近いうちにお応えしようと思ってます。
またロッキンオンでは通例の、アーティストに対する僕対複数名での対談形式も取り入れて行こうと思ってます。
マニアックでコアなファンが多いアーティストなんかがいいですかね。
ラモーンズやTレックス、スライストーンやピンクフロイドにボブマーリーなんかは、
リクエストももらってるのでやってみたいですね。
それでは次号#23の次は早くも3年目に突入です。 |
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