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倉俣さんがエキスパンドメタルのソファに「HOW HIGH THE MOON」ていうタイトルをつけていて、あーすごいカウント・ベイシーが好きなんだなーって思ったり、
バーラジオで「SO TIRED」っていうカクテルがあって、これもきっとアート・ブレイキーかボビー・ティモンズが好きなんだろうなーって思ってて、
きっとみんな音楽が好きでいい仕事をするためには音楽って無くてはならないんだなと思うわけです。
前述のはみんなJAZZだけれど(JAZZも外せないですが)、僕の夢は名作椅子を作るよりも「ROCK'IN ON」のコラムを連載することなのです。
というわけで不定期ですがロックのアーティストに対する僕の勝手なセルフポートレイトを描かせていただきます。
記念すべき第一回目はTHE DOORSで、僕がなぜモリソンと呼ばれるようになったか、です。
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渋谷駅を降りると東急バスの野沢龍雲寺経由のバスに乗った。
車内はとても蒸し暑くジャケットの下の不慣れな白いワイシャツは
もうすでにVANSの中の靴下と同じレベルにあった。
下馬一丁目の次、東急バス何とかセンターで降りるとすぐI社のワークショップがあった。
面接だというのに約束の時間を過ぎてすでに8時。
一階のショップには人影もなく、とりあえず二階へと向かった。
後から知った話だが、その人こそI社の社長のKさんだった。
何かいろいろと持論を話していたのだけれど内容は思い出せない。
ただ一つ思い出せるのは8月の真夏の夜の、そう8時から9時くらいの奥行きのある深さ、
陰影のある風景がいまでもコマ切れしない時間のまま記憶に残っている。
作品ファイルを気にもせずパラパラとめくり終えると彼は言った。
「君はビートルズとストーンズどっちが好きなの?」
カーン、カーン、カーン...地下の鍛造仕事の音が心地よく胸に響いた。
「どっちかというと、ドアーズ。」
汗はかいていなかった。
それから僕のモリソンは始まった。 |
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| THE DOORS |
1967年「ハートに火をつけて」でデビュー。
1971年7月3日ジム・モリソンはパリのアパートでドラッグによる心臓発作で突然死。
しかしその後伝説となり地獄の黙示録や伝記映画などで度々復活、ブームを起こす。
1STアルバムのラスト「THE END」や
2NDアルバムのラスト「WHEN THE MUSIC'S OVER」の絶望的な虚無の地平。
孤立した耽美的な精神の音がそこにある。
僕はUKギターロックが好きだけれど、楽しいだけじゃないLAの音も好きだ。 |
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(文&イラスト: special source モリソン小林)
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