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最近私、贅沢をしました。
先月のコラムの写真に、ギター始めましたと書きました。
買ってしまいました、「一生モノのギター」。
あの写真に写っているギターは借りもので、
私自身も高校三年生の時フリーマーケットで買ったボロボロのヤマハのギターを持っています。
しかし、ついに、一生モノ、本当に自分が好きだという音色のギターと出会い、この出会いを逃すものかと、
お茶の水のギター屋さんで、知識もないのに即決したのです。
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MARTINの、1962年製、OO-18です。
46年前に、どこかの国の誰かが買って、
大事に弾いていただろうギターが、
長い時を経て、今私のもとにあります。
我が家に来た初めての夜には、
ため息混じりに思わず抱きすくめました。
このギター、見れば見るほど、
とても大切に扱われていたことが伺えます。
ネックの部分に、弦の張りによっておこる
反りがほとんど見られません。
修理にも出してはいるでしょうが、
演奏し終わるたびに弦をゆるめ、
使うたびにチューニングをしていたのでしょう。
そしてサウンドホールのピックの傷。
相当弾きこんであるようで、
ピックガード脇は数ミリ削れ落ちこんでいます。
しかし、どうしてもついてしまうこの傷が、とても優しく、
荒々しくひっかいたつめ跡のような傷が見あたりません。
等々…
こまめに手入れをし、毎日油や汚れを拭いてあげ、
50年近くの年月、愛されながら使われていたこのギター。
どんなに材が良くても、
腕の良い職人さんによってつくられたものでも、
経年変化によるこの音は、なかなか手に入るものではなく、
お金で買える音ではないのです。
それを使う人間によって、ものがより良くなり、
味を帯びていくのです。
また、私のギターは、きらびやかな細工、
装飾が施されていません。
肩のフォルム、肩からつながるくびれと、ヘッドのバランスの良さ、
そして木そのものの密な木目の美しさと共に、
艶やかで艶のある優しく深い音が、最高の装飾でもあります。
そこにも職人の腕を見ることができます。
ギターを組む際のパーツのすり合わせの精度によって
音の良し悪しが決まります。
バックに入る、力木にの入り方によっても音が変わります。
また、なにで接着してあるのか
ニカワであるのか、音を吸収してしまう接着であるのか…
すべての形、構造、工程に意味があり、
何の木を使うかによっても大きく音が変わります。
職人の「手工」の技による、見た目の美しさ、
音(機能)の美しさは、まるで「工芸品」のようです。
ギターについて書くのは、なんだか聖域に踏み込むような、
ちょっと覚悟がいるような気持ちで、少し怖いです。
お店に入るのも恐ろしかったです。
今後、もっと弾けるようになって、もっと詳しくなったら、
取材なり、調べたりして、改めて書いてみたいです。
50年もののギター、私が50年弾き続けていけば、
100年ものです。
二人分の一生です。
前の人と私の音が合わさって、どんな音がするのでしょう。
唯一無二の、一生モノのギターとなるのでしょう。
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そして、前回で紹介しました、学生の卒業制作の作品が出来上がりましたので、完成の写真を載せます。
お知らせいたしました展示へ足を運んでくださった方、代わりにお礼申し上げます。
ありがとうございました。
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山川詩緒里
「灯りを泳ぐ」
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宮本麗奈
「一筆花器」
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大塚真帆
「art watch」
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藤森研伍
「PLANT」
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萩原朝香
「世界地図」
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白鳥陽子
「ひょうきん族」
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清水恵莉子
「気分彩」
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日置愛
「幻視」
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金子弥加
「オトバコ」
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阿部大輔
「K.D chair」
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西山大基
「偶像」
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横山泉
「いろとりどりのきもち」
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青池茉由子
「いつか咲いていたのを見つけて」
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木村悠希
「pears」
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大町彩
「drawing dish」
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studio MIRA (スタジオミラ) 太田彩子 |

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