ホーム > モノ作りの現場から > special source モリソン小林 #025


日本の城をたずねて で、「また読み切り企画だろう」と勘ぐっていた皆さん。
教会をたずねて は無事に2回目が出来ました。

沖縄にもたくさんの教会があります。
けれども、ほとんどが先の大戦で倒壊しました。
1944年10月10日の那覇を襲った大空襲では、
いたるところに砲弾痕に水が溜まった池が出来たそうです。
首里の住宅の片隅には、今も当時の銃撃痕が残っています。



今回は首里の教会を紹介します。
まずは、龍潭通り沿いの首里当蔵町にある首里教会です。
その昔、ここの教会の方が高校生の頃、
なぜ坊主頭にならなくてはいけないのか、という運動を起こし、
その結果、首里高校では坊主頭を強制しなくなった、という
今から20年くらい以上前に高校生だった世代では、
有名なエピソードがあるそうです。



首里城の下、守礼の門のすぐそばにある首里聖アンデレ教会です。
ここは城西小学校の隣にあるので、
子供たちの元気な声が良く聞こえてきます。
昔首里城の跡地に琉球大学があって、
その学生たちが中心となってつくられた教会です。



首里崎山町の小高い丘の上にある首里カトリック教会です。
ここも城南小学校の裏にあるので、子供たちの格好の遊び場です。
現在その城南小学校が旧校舎を取り壊し、
新しい校舎を建て直す工事をしていました。
卒業生にとっては、思い出の校舎が無くなってしまうのは、
寂しいだろうなあ。



首里城も大戦ですべて無くなってしまいました。
戦後50年の時を経て復元され、
今日もその見事に赤く染まった姿で、沖縄を見守っています。




この10月の忙しい合間をぬって、
一つ屋根の下で働くスペソー、アガリ、グローチーム
総勢12名で沖縄に行ってきました。
思えばスペソー立ち上げから5年、初めての慰安旅行になりました。

初日の夜は、「茜陶房」さんでバーベキュー。
満ちつつある月を見ながら
ゆったりとした気分で過ごせた夜になりました。



2日目のお昼、沖縄そばを食べる東山くん。
「首里そば」のそばは手打ちでやや太くかための麺が、
スープのあっさりダシと絶妙に合っていると評判のそば。
ひと昔前まではそんなに並ばなかったけれど、
今では観光客に大人気で、
首里の人はほとんど食べれないほどの行列が出来ています。
ちなみに、首里汀良町の環状2号沿いの坂の途中にある
「てぃしらじ(首里汀良町のてらの方言名)」も
負けず劣らずおいしいそばの名店だそうです。



伊計ビーチは、東京に大雨を降らせた台風の影響で大荒れ。
そんな中それぞれ貝を拾ったり、荒波を泳いだり、ボーッとしたりと
思い思いの時間を過ごしていました。



ビーチで泳ぎ疲れていたら、
隣の漁港で釣りをしていたメンバーから電話。
爆釣報告を聞いてみんなで漁港へ。
オジサン(魚の名前)をはじめ、
たくさんの釣った魚を漁港の人にさばいてもらい、
そのまま持ち込んで調理してくれる
僕の義理の姉のお店「月うさぎ」でいただきました。



伊計島から帰ると首里城へ。
首里城では一年に一度だけ中秋の名月の夜に、
正殿の御庭で琉球舞踊や組踊りを催す
「中秋の宴」が行われていました。

するとそこへグローチームもようやく合流。
守礼の門も中秋の名月もとても素晴らしいです。




いつ来てもおばあが元気な公設市場にて。
沖縄で豚は「鳴き声以外全部食べる」と言われてるほど、
沖縄の人は豚肉をよく食べます。



グローチームは色とりどりの魚と大きな伊勢エビにびっくり。



この日は那覇の大綱挽き。
マッチョな外人から子供連れの地元の人から観光客まで
たくさんの人でごった返すお祭りです。
沖縄のこの季節はいろんな所でたくさんのお祭りがある季節で、
海で泳がない派の観光客にも人気のシーズンだそうです。

それにしてもでかい!
この綱はギネスに登録されているそうですが、
僕はそれよりもこの綱が、この58号線のこの真ん中がパカッと開いて、
格納されているということのほうが、ギネス級にびっくりです。



マングローブは大自然の雄大さを教えてくれます。
ここはやんばるでも西表島でもなく、那覇です。
こんな都会にもマングローブはあるのです。



そしてみんなは、沖縄をいっぱい胸の中に詰め込んで、
そしてそれぞれの何かしらを置いて、東京へと帰って行くのでした。



今回僕に合わせて来てくれた皆さんに感謝です。
そして初日の夜に、バーベキューでもてなしてくれた
「茜陶房」のお二人と、
釣った魚までも調理してくれた「月うさぎ」のみなさんにも感謝です。


※今までこの2年。
沖縄の記事が多過ぎるような気もしますが、ご了承下さい。
それにしても、この仕事を15年近くやっていて、
沖縄の人に出会ったことがありません。
内地にいる沖縄の人で
僕らのような仕事をしてる人はいないんですかね、
クライアントさんもまた然りです。
たったひとり、電気設備をしているおじさんだけです。
現代手工業乃党沖縄支部が出来るのも、遠い未来だなぁ。


モリソン小林 (1969生)
2001年スペシャルソース設立。
金属、木工、張り、ガラス、樹脂、古布、陶芸と頼まれて出来ませんと言うのが嫌で、身に付けられる技術はすべて会得したいと日々精進を重ねてます。 デザイナーや建築家との共同作業も、感性を高めるために重要な要素になっています。
「iA」にて連載中のマンガ「マーヤさんの日記」もよろしくです。


#049 2008.10 連載マンガ「マーヤさんの日記」
#048 2008.09 KIDS WORKSHOP IN SUMMER 2008
#047 2008.08 しばらく彫ってみます
#046 2008.07 7月、天の川、聖なるもの、そして初めての彫像
#045 2008.06 西麻布ワインバー BROS
#044 2008.05 現代手工業という新語
#043 2008.04 antos
#042 2008.03 the park hunter plus
#041 2008.02 PESCADERIA 銀座店
#040 2008.01 黄昏のレンガ貼り/日本の教会をたずねて カトリック与那原 聖クララ教会
#039 2007.12 伝えられない、ものづくりに大切なこと
#038 2007.11 現代手工業乃党のミーティング/レーザーで花の模様を
#037 2007.10 干支は縁起もの/2007沖縄慰安旅行
#036 2007.09 愛媛からの指令
#035 2007.08 石の上にも三年
#034 2007.07 銀座にて
#033 2007.06 たくさんのご来場ありがとうございます
#032 2007.05 六月、紫陽花、梅雨、誕生日。そしてまた、展示会
#031 2007.04 日本の教会をたずねて3
#030 2007.03 アンティークドア / 百人一手
#029 2007.02 百人一手 現代手工業乃党選集
#028 2007.01 デザイナーとの共同作業 シゲジ・デザイン・ワークス 畠山滋二 / 「侘び」「寂び」の違いについての私見
#027 2006.12 共同作業でお店は出来る / 「侘び」「寂び」の違いについての私見
#026 2006.11 まわしてみて、と言われて。
#025 2006.10 日本の教会をたずねて2 / 慰安旅行
#024 2006.09 小倉商店 / 日本の教会をたずねて
#023 2006.08 暑くて忙しいお盆です。こんな時は漫画喫茶が近くにあったらなぁと、想う夏。
#022 2006.07 ステンドガラス
#021 2006.06 special source choppers
#020 2006.05 カウントダウン
#019 2006.04 三種の神器
#018 2006.03 バラのタイル
#017 2006.02 コーヒーはいかが
#016 2006.01 現場で職人さんから学ぶこと
#015 2005.12 忍び寄る恐怖!アスベストを覆え!!
#014 2005.11 楽しい陶芸
#013 2005.10 房指輪
#012 2005.09 レリーフ製作
#011 2005.08 椅子の機能寸法
#010 2005.07 晴耕雨読とはいかない梅雨の季節ですが・・・
#009 2005.06 彫刻
#008 2005.05 手描きでパースを描こう!
#007 2005.04 めざせ!ロッキン・オン
#006 2005.03 バー内装現場進行中
#005 2005.02 茜陶房
#004 2005.01 2004WORKS
#003 2004.12 TOWER
#002 2004.11 agari 東山風
#001 2004.10 展示会