
この粘土をこねてます。

普通のトースターで焼いてます。

これが「はっぱくん」。コンペ優勝作品。

手作りのスノードーム。
ドームの中の手にミニドームが。
金沢21世紀美物館で限定販売された作品。

岡嶌要といえば、このPod。
座椅子的なもの。

シャンプーボトルもデザインしてます。
商品化されたもの、うちでも使ってます。

椅子。

|
|
|
「最近はもっぱら、この粘土ばっかり使ってるんです。
オーブンで焼くと硬くなる。」
そう言う岡嶌さんは、手による形出しが特徴的なデザイナーだ。
「モノ作るんですからね。絵じゃなくて。
素材を触って、実験に実験を重ねる。
基本は“塊”じゃないとダメなんです。」
まずは、ある程度手で作る像が見えるまで沢山の絵を描くという。
そして、「自分の指がなでた、自分の納得がいく形」が
出てくるまで何度でも粘土をこねる。
大体、話している最中も常に粘土をいじっている。
「商売的な器用さからは離れた非効率的なやり方」
だと、本人も言う。
「職人さんっていうプロに任せればいい
という考えもあるかもしれないけど、
自分自身が見たり触ったりしたことが無いものを伝えて、
人に作ってもらうのは難しいですよね。」
そんな彼に、モノ作りにおける職人との付き合い方
について聞いてみた。
「僕にとっては、どれ位わがままが言えるかが重要です。
わがままを聞いてくれるっていうのは、
受け入れてアイディアを一緒に出してくれるっていうこと。」
これは、最初から夢みたいな図面を描き、
指示通りにやって下さい、というのとはちょっと違う。
自分でモデルを作り、いじくって感触を確かめた上で、
「これ以上の表現を求めるには、あの技術しかない!」
と思ったときに、職人さんに“わがままを言う”のだという。
「今回はこんな感じにしてみようか、
みたいな安易な選択じゃ“もの”にはならない。
ホントにそれを“もの”にしたいという思いが強いほど、
今このタイミングで無理に形にしようとは思わない。
今後10物件先、あるいは一年後ぐらいに、
形になって使えればいいかな?とかいう感じですかね。
トレンドを追ってるわけじゃなく、
オリジナルを追ってるわけですから、僕は。
トレンドは、追えないんですよ。
追ったら、僕である意味がないな、と。
仕事としては、そのぶん大変ですけど。」
こう言い切れるデザイナーは、少ないのではないか。
「僕はまだ、デザインと自分の表現っていうところの
線引きが出来ていない、幼稚なデザイナーではあるんですよ。」
その境目の有無は自分にもよくわからないが、
「残るモノが作れる人になりたい。
商品サイクルにはまるだけじゃなくて、
そこにどっしりと留まっていく、そういうモノを。」
という彼の言葉はひどく正直で、なんだか心に引っかかった。
「物質的には燃やしたり破壊したりしない限り、
一年や二年で朽ちるものじゃないんですよ。
でもね、用として用を足さなくなるから。」
用を足さなくなったモノとは、
持ち主にとっての価値や意味がなくなった存在なのだろう。
話の中で何度も繰り返される「“もの”にする」、
「“もの”になる」という言葉。
岡嶌さんにとっての“もの”とは、
自らの手から生まれたアイディアが、
これぞというあり方で形となり、
さらに持ち主にとって意味あるものとして残っていく、
そういうものなのかもしれない。
残るモノを世に出す=“もの”にするための真摯な取り組み。
今日も机の上では粘土との格闘が続く。
そんな岡嶌さんに、「鉄を使って家具を作るとしたら?」
という質問をぶつけてみた。
実際、これまでの彼の作品には樹脂や張物、籐など
“粘土的な”素材が多い。
「僕が鉄に求めるとしたら、形じゃなくて表情なのかな。
サンプル帳から既存の仕上げを選ぶんじゃなくて、
そこにしかない色や肌触りみたいなもの、
それ自体がコンセプトになるようなスタンダードな家具を、
素材開発から取り組んでみたいですね。」
鉄の素材自体に独自の肌触りをもたせるようなモノ作り。
鉄の新たな活かし方を垣間見ることができたようで、
一緒になにか出来る日を心待ちにさせる話だった。
というか、ゆったりした岡嶌さんの京都弁、
一言一言が詩的で素敵でした。
文章では上手く表現できませんでしたが・・・
Oi design
岡嶌 要(オカジマ カナメ) okajima@oioioi.jp
|