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「人の中には2つの時間の流れがある」と、この前読んだエッセイ(注1)に書いてありました。
ひとつは過去から現在、そして未来へと一方向に進んでいく時間。
それに沿って人間は前に前にと進んできたし、これからも進んでいく、そんな時間。
もうひとつは「循環する時間」。朝と夜が交互にやって来て、季節はめぐり、木が芽吹き、
枯れ、土に戻っていくような、地球が出来て以来数万回繰り返されてきた時間の流れ。
今年もうだるような暑さがキツイこの季節、8月15日が廻ってきます。
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たぶん、日にちというものを人間が定めるようになってから、
毎年のように廻ってくる「今日」。
そんな今日もいつものようにメタルソーの前に座り、
材料を切って揃えます。
ふと、手を動かしながら考える。
この鋼材、60年前はどんな形に姿を変えていたんだろうか?
そんなことを考えたのも、先日NHKの連ドラで、
戦時中、主人公の大切なピアノのピアノ線を供出する
という話を見た影響だろうか。
鍋や釜などが金属供出令の対象になったのは
よく聞くけれど、ピアノ線って…
金属と名がつくものはみな、
お寺の鐘から橋の欄干や線路、屋根、
小さいモノは金ボタンまでも供出させられたらしいです。
そういえば、うちの祖父も先祖代々の刀を何本も
供出したと、幼い頃に聞いた覚えがある。
当時、刀工や鍛冶屋、金属加工に携わる人々は、
道具も材料も供出させられ
廃業や休業に追い込まれたと聞きます。
渋谷のハチ公も一代目は戦時中に供出されて
今のは戦後に作られた二代目だとか、
倉敷の大原美術館のロダンの彫刻2体は
危機一髪のところで供出から免れたけど、
何百体という文化財級の仏像も溶かされたとか、
ひょんなことから「金属供出」にまつわるそんな話を知りました。
目の前の鉄、前世は鉄砲か、ゼロ戦か、
そのまた前は爺さんらの刀か、仏像か?
中国福建省の沖合い数キロに位置する群島、「金門島」。
ここは、1949年に蒋介石率いる中華民国政府が
台湾に逃れて以降実質的に支配され、
大陸との軍事対立の最前線となった、
台湾の中で中国大陸にもっとも近い島。
78年までに着弾した砲弾は50万発以上。
週三回、大陸側から砲弾が打ち込まれてきたといいます。
90年代になって軍政が解除されてからは
観光客で賑わってるけど、島には今も
たくさんの砲弾が埋もれているらしい。
そんな島の特産品が、この砲弾の殻を素材に作られる包丁。
1個の砲弾から60本が、包丁職人の手で生み出されるとか。(注2)
この中華包丁、切れ味が評判で、大陸からの旅行者も
「私たちが打ち込んだ弾が包丁に変わるなんてねぇ」
とか言いながら買っていく姿を以前ニュースで見ました。
鉄は何度でもリサイクル可能とはよく言うけれど、
これらのモノを作り変えるのは今生きる人の意思。
作られるモノの意味を変えていくのもまた、
自分らのような現場にいる作り手なのだと思います。
包丁みたいにいい意味に「すり替えていく」ことが
できればいいけど、もちろん、その逆だって考えられる。
終戦から61年。鉄を武器ではなく、
生活に携わるモノに変えている自分にほっとする。
今後廻ってくる「今日」にも、
今と同じように思っていられるように、時間を前に進めていきたい。
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(注1)“Kurkku”のお店でもらった雑誌の中のエッセイより。
Kurkkuは「快適で環境に良い未来へシフトしていくための消費や暮らしの在り方を考えるプロジェクト」。
agariは6月末に神宮前にオープンした複合ショップの看板の一部を製作させてもらいました。
http://www.kurkku.jp/
(注2)砲弾をバーナーで焼き切り、それをコークス炉の中で真っ赤に熱した後、鍛いて伸ばす。
その後、焼入れ、焼き戻し、研磨等の工程を一つ一つ手作業でやっているそうです。
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東山風 (1971生) |
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鉄をあつかう技術を幅広く持つ工房で修行。
その後、家具メーカーの企画開発部で試作・特注製作を担当する。
2002年に独立し、個人邸や店舗の金属を使った家具・什器を製作しています。 |
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